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あなたの歯を見ていると、今までされてきた治療は滅茶苦茶なもので、やった歯医者の好い加減さが手に取るようにわかる。
そんな人種に良い感情を持てるわけがないのも良くわかるよ。
おれの人生を振り返ってもとても他人事とは思えないから同情するよ。」
と言って何故おれがDENTISTになろうとしているのかを話した。
DENTISTというのはアメリカの教育を受けて、学位をとりアメリカ国内の開業医免許を取得した人をさす。
歯医者とか歯科医師というのは日本の教育を受け、日本の国家試験に合格した人である。
歯科医師は歯医者にはなりたくないから、差をつけるために大学院を出たり、論文を発表したりする人を指す。
しかし、治療を受けた場合、結果は同じである。
その中でも最悪なのはハカイシャハイシャと呼ばれ治療技術は何もなく、自分の生活のために平気で破壊活動をする者を指す。
日本の歯医者や歯科医師の大多数がハカイシャハイシャなのは臨床治療に関しては同じレベルの教育しか受けていないであるからである。
また、誠意があっても技術がなければ通用しないのが歯科治療である。
だからつまり、おれがDENTISTになろうとしているのは、おれの歯を滅茶苦茶にした歯医者どもへの復讐のためなのである、
ということを話した。
*****
おれは長野県の出身である。
木曽というと知っている人はいるかもしれない。
島崎藤村が木曽路はすべて山の中である、と断言した山奥である。
過疎である。
日本における医療水準そのままに、今も昔もここはとんでもない地方で、歯医者はハカイシャハイシャしかおらずやりたい放題であった。
そこでは破壊活動と歯科医療行為は同義語であった。
おれの歯はハカイシャハイシャにかかることによって滅茶苦茶にされた。
高校入試1週間前から歯ぐきが腫れて膿が止まらず出はじめた。
長尾 という歯医者に行くと、「大丈夫薬で治そう。」と言われた。
原因は中1の時、おれが交通事故で前歯を折った時、このハカイシャハイシャの治療が滅茶苦茶だったことに因っている。
ENDOの処置を好い加減にしておきながら、保険では白い歯はできない、と好い加減なことを言って25年前、自費で4本、当時40万円も取ったのであった。
高い歯を入れた以上、歯の中で神経が腐ろうが、骨が溶けて病巣が大きくなろうが、たった2年くらいでやり直すわけにはいかなかったのであった。
やり直すにしても、正しい方法はどうせ知らない。
この歯はその後も何度も痛くなり瘻孔まで出来たが、歯医者を変えても、この抗生物質投与は変わらなかった。
だからおれの体の中には耐性菌が渦巻いている。
アメリカに留学する2カ月前にやはり、この前歯が痛くなり、瘻孔からは膿が絶えず出ていた。
そのころ通っていた英語学校の友達が、自分の通っている良い歯医者が銀座にあるから、紹介してあげると言った。
天皇陛下の歯医者もしているそうである。
この友達の家は田園調布にあり、父親は銀座で商売を手広くやっていた。
信用するには足りる感じである。
その頃はまだ溌剌としていた江添のおやじが学生の時、何気なく始めたリクルート本社の裏にある診療所に行くと、いきなり治療が始まった。
受付で保険証を出したのに、帰り際には、あなたの治療は保険では出来ないので、請求書の送り先を教えてくれ、と言われた。
仕方なく実家の住所を書いた。
しっかり抗生物質と痛み止めをくれた。
入り口の看板には各種保険受付とあったのに、薬までもが自費であった。
2回目の治療の前に、この歯医者に、
「私の前歯はずっと痛くて膿が出っぱなしだったのはのは何故でしょうか?」
と聞くと、
「素人がそんなこと知っている必要はない。」
と言った。
「こちらでやっていただければ、同じ理由で歯が痛くなることは、もうありませんか?」
と聞くと答えは返ってこなかった。
会話をなるべくしない方針のようであった。
説明も何も無かった。
「だが、天皇陛下の歯医者という話である。
特別に寡黙なのであろうか。
まあいいさ。
世間の常識では名医のはずだ。」
と考えた。
治療は合計20本になった。
費用は当時の高級外車が1台買えるほどで、請求書を受け取ったおやじは0が一つ間違っているのではないかと思ったのだそうだ。
しかし、間違っていないことが電話で問い合わせてわかると、息子の将来を思えば、天皇陛下の歯医者のような名医にかかれて、一生自分の良い歯で過ごすことが出来るのであれば、それは金には換えられないと思って払ったのだそうである。
おやじの歯も長尾で滅茶苦茶にされていたから、歯の痛くなる苦しみはわかっていた。
アメリカについて3カ月目、11月の期末テストの2日前のことである。
朝起きると、あの前歯に鈍痛があり、口の中で嫌な味がした。
瘻孔 から排膿していた。
そしてその痛さは朝食も採れない程になり、ちょうど寮の向かいの部屋が歯学部の学生のマイクであったので相談した。
すると、今すぐ大学に行って調べてみよう、ということになった。
歯学部の診療室に行き、問診を終え、レントゲンも撮り終え、口の中の検査も終わり、教授の来るのを待っていた。
その間マイクは何も言わず、困ったような顔をしていた。
おれが何を聞いても、これは難しいケースで担当の教授が説明するから待ってくれ、と言うだけであった。
アメリカの歯学部は、一人一人の学生がどのような患者を看ているか、他の学生や教官に解るようにレントゲン写真は誰もが見える位置に置いてある。
いつの間にか、大勢の学生がおれのレントゲンを囲んでおり、中には
「歯を見せて下さい。」
と言っておれの歯を見たがる連中も現れた。
皆同じリアクションで、見ると、ただ溜息をついて、困った顔をした。
いよいよ教授が来た。
マイクとは話が着いているらしく目で合図をしながら、おれに説明を始めた。
「何故、歯が痛くなったかわかりますか?」
「いいえ。3カ月前に東京の銀座で天皇陛下の歯医者に全て治してもらったはずです。」
「確かに高額な治療をされたのは、歯のクラウンに使われている陶器の技術を見ればわかります。
ただ、問題は外ではなく、歯の中にあります。
このレントゲンは正しい神経の治療をされた歯です。
そしてこちらが、あなたの歯ですが、違いがわかりますか。」
「正しくされている方は、根の先まで白くなっていますが、私の方は途中までしか、行っていません。」
「その通りです。
そしてあなたの根の先にはこんなに大きな病巣が出来ています。
膿が骨を突き抜け瘻孔までも形成しています。
これを治して、痛みを無くすためには、もう一度根の治療をしなければなりません。
ENDOです。
どのように、しなければいけないかわかりますか?」
「クラウンに穴を開けるのですか。」
「そうです。そうなると陶器の歯はどうなるかわかりますか。」
「やり直しですか?」
「そうです。」
たった3カ月しか経っていないのに、ダメになるという事実に愕然とした。
しかし、今現在、痛い以上、やってもらうしかなかった。
「わかりました。お願いします。」
「はい。それでは今すぐかかりますが、問題はこれだけではありません。よくレントゲンを見てみましょう。まず、この歯、そしてこれ。次は...。」
*****
結局、天皇陛下の歯医者がした20本の歯は全てやり直しになった。
たった3カ月で高級外車一台の金は消えたのである。
ENDOの手抜きが原因であった。
目に見えない歯の中は徹底的に手を抜き、見える外側は美しく飾りたてる、これが医療行為なのだろうか。
「ぼったくり」という言葉があるがこのような状況のためにあるような言葉ではないか。
学生が皆困った顔をして黙ってしまったのは、少なくとも自分がなろうとしている職業人の中に、こんなひどいことを平気でする人間がいるという怒りと、日本は歯科医療に関しては非常に遅れている国だという諦念、そしてそんなことをされた患者への同情の気持ちからであった。
マイクはアメリカならこんなハカイシャハイシャは訴えられて業務停止に確実になる、と言った。
この時の教授も、これは明らかに、手抜き治療であるとアメリカなら判断されて、しかるべき手続きがこの歯医者にくだされるだろう、と言った。
しかし、この歯科医院は1997年現在も日本の銀座にあり、自費の多い保険医療機関として盛業中である。
ただ株で失敗して借金は2億あるそうだ。
おれにこのような治療をしたハカイシャハイシャは大先生として今でもいる。
ただ、どんなに調べても天皇陛下の歯医者であった事実は浮かんでこない。
治療以外でも患者をだましていたのだろうか。
おれが日本の歯医者に復讐を決めたのは以上のような体験をしたからであった。
この時、アメリカでやり直した歯はいまだに快調である。
16年前に治して以来、歯が痛くなったこともないし、詰めたものが取れたということもない。
それはおれが受けたアメリカの治療はアメリカの中でも名医を選んでかかったせいでもあろうが、神経の治療をしても定期的に歯が痛くなるとか、詰めたものは1週間で取れ、かぶしたものは3カ月で取れるという日本の治療は一体何なんだろうと思う。
矯正をすれば数年で元に戻ったり、ブラケットの跡が虫歯だらけになったり、咬み合わせの治療をしたら顎が痛くなったり、審美歯科という名のもとに何でもない歯を削られたり、挙げ句の果てに歯がなくなると、インプラントという予後が全くわからないものをやられたりして、日本人は歯医者によって破壊と恐怖にさらされていると痛感する。
*****
おれの身の上話が一段落すると、TPは、
「じゃ、先生がやってくれよ。」
と、おれに言うので、おれはまだ学生で、あなたの症例のような難しいのは出来ないのだと話した。
コーヘンはニューヨークでも有数の名医で、おれがあなただったら謝ってコーヘンにやってもらうよ、と言うと、TPも状況が把握できたようで、
「じゃ、先生から頼んでもらえるかな」
と言った。
おれはコーヘンのところへ行き、事情を説明した。本人も反省しているというと、
「じゃ、やってやるが、このTPは特別料金にする。」
と言って倍近い値段にした。
おれがどうもニューヨークジュウと呼ばれるユダヤ人になじめなかったのはこのような金銭に対する一面も影響していると思われる。

2回目のアポイントメントにTPは40分遅刻してきた。
約束時間の15分過ぎてもTPが現れなかったため、コーヘンはキャンセル料金を徴収するよう受付に命令していなくなった。
おれは時間があったので待合室で教科書を見ているとTPが来た。
別に急いでいる様子も、悪びれる様子もない。
コーヘンはもう今日は診ないからキャンセル料を払って帰ってくれと言っていたと伝えるとTPは怒りだした。
「歯医者がなんでそんなでけえ態度ができるんだよ!」
と言うので、アメリカと日本の治療形態の説明をした。
アメリカは患者さん毎に治療内容を考えながら時間を取ります。
少なくとも1時間はとるでしょう。
今日は2時間でした。
それはそれだけのことを計画したからです。
できる治療は一度のアポイントメントで終わらせることはドクターにとっても患者さんにとってもメリットのあることだからです。
今日あなたが払う金額は前回お話ししたように2200ドルでした。
コーヘンはあなたが寝坊したことにより2200ドルの損害を受け、あなたはまだ歯が痛いままです。
どんな安手のホテルでも当日キャンセルやNO SHOWにはキャンセル料をとるでしょう。
アメリカでデンティストとのアポイントメントはとても重要なものとされています。
彼女とのアポイントメントと同じくらい重要でしょう。
しかし、日本はどうでしょうか。
あなたと同じ時間に何人もの患者が予約を持っていたり、時差があってもそれは15分くらいであったりします。
歯医者も患者から患者を飛び回っています。
治療時間は長くて10分くらいで、何回も来させます。
治療費は1000円札でおつりがくるほどです。
あなたがドタキャンしても保険請求では来たことにしますから損はしません。
中には詐欺師のような連中がいて、やってもいないことをやったとレセプトに書いて不正請求や架空請求をしまくる連中もいます。
つまりセコイ商売をしているわけです。
しかし、この不正請求が日本の医療費の半分以上にも達するのですから日本の医療制度は詐欺師によって破綻にむかっているのです。
そして保険治療というのは、患者が来さえすれば収入になるわけですから、なるべく多くの患者を1日に診ることが日本では目標になります。
従って治療の内容は悪くなろうと、デタラメであろうと日本の歯医者は気にしません。
そもそも日本の歯医者はアメリカのような臨床トレーニングを大学で受けていないため、歯科医師免許を取っても何も出来ない者が多く、就職してから見よう見まねで覚えるという戦慄のキャリアを積んでいるのです。
そのような過程で、デタラメなことをしても保険ならやっていける!ということに目覚め、デタラメな治療をやりまくります。
「すぐにだめになった。」
という患者の批判には
「保険だからね。安物買いの銭失いだよ。」
と自分の技術のなさを、自分がぼったくりに利用している制度のせいにして逃げます。
では今度は自費でという人には自費で行いますが、所詮はへたですからすぐにだめになります。
「自費なのになぜだめになるんですか?」
という問いには、日本でしか通用しない歯医者の決まり文句
「あなたの歯は弱いんですよ。」
で対応します。
そして
「じゃ、やり直しは保険でやりましょう。」
と失敗してもまた保険のせいにできる気楽な方法を、誠実な顔をして患者にすすめほとぼりをさまそうとします。
ここまで話すとTPは、
「先生の話は説得力があるね。」
と急におれをほめだした。
褒め殺しかと思っていると、
「じゃ、罰金払って帰るよ。つぎはいつ来たらいいのかな?」
と殊勝なことを言った。
受付で事情を話して、キャンセル料を払い、次のアポイントメントを取って帰った。
この後2回のアポイントメントにはちゃんと時間の5分前には来ていた。
話せばわかるやつだった。
3回のアポイントメントで痛みの元になっている病巣のある2本の治療を行いENDOの過程は終わった。
それはTPがもうニューヨークにはいないから痛いところだけを治してくれと頼んだからである。
TPは、
「ヨーロッパにも暫く行くかもしれないので、良く持つ材料で開けた穴を塞いで下さい。」
と言った。
コーヘンはアマルガムを使った。
TPが
「どのくらいもちますか」
と聞くと、コーヘンは
「歯が割れるまで。」
と答えた。
そして
「割れるのが嫌ならクラウンにしたほうが良いでしょう。ゴールドのね。」
と付け足した。
この頃はTPもコーヘンとはなんとかやれるようになっていた。
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